
人材要件定義とは
前回のコラムのおさらいとなりますが、人事施策に関わる基準作成を人材要件定義、またはコンピテンシーモデリングと呼びます。コンピテンシーとは優れた職務遂行につながる行動群です。各職種、階層に求められるコンピテンシーを整理することで、人事施策における様々な判断を適切かつ合理的に行えます。当社では、人材要件定義を数多く手掛けており、毎年100件を超えるアセスメントデータを用いた基準作成支援を行っています。前回ご紹介したインタビュー手法と比較して、アセスメントによる統計分析は、全社員など大規模な集団を対象に簡便に調査が行える点、数値化や統計分析による客観性がメリットです。
準備するデータ
知的能力やパーソナリティ検査などのアセスメントデータと業務におけるパフォーマンスの関係性を分析することで、職務遂行につながる優れた行動群や必要な能力を定義することができます。よって、この「パフォーマンス」を評価する指標が必要となります。評価指標は、業績評価、営業の売上数字、行動評価など、職務や組織によって異なります。ここで用いる評価指標は分析結果自体の妥当性にも関わるため、その職務を果たすために必要な指標とは何か、それをいかに客観的かつ定量的に測定するか、がとても重要です。言い換えれば、各職務におけるKPIを明確化しておくことが要件定義を行う絶対条件であるといえます。データ分析でよく用いられる手法
要件定義を行う際によく用いられる手法をご紹介します。ここでは詳細の計算方法などは割愛し、あくまでも手法の概念をお伝えします。1. 相関分析
2つの変数間の関係に関する統計です。関係性の強さは相関係数と呼ばれる数値で表されます。相関係数は-1から1の間におさまり、記号がプラスの場合は正相関(一方が高ければ高いほど他方も高い)、マイナスの場合は負相関(一方が高ければ高いほど他方は低い)を意味します。さらに絶対値が大きいほど強い関係があります。アセスメントの各項目と評価指標の関係性を数値で端的に示すことができます。

2. t検定
2つの互いに独立する母集団から抽出したサンプル集団の平均の差から、2つの母集団の平均に統計的に意味のある差があるかを分析します。例えば、母集団=社内すべての高業績群と要努力者群とした場合、サンプル集団=実際にアセスメントデータを持っている一部の高業績群と要努力者群を分析して、有意差のある項目から高業績群の特徴を調査します。相関分析と異なり、集団の平均値が分かるため、特定の能力が「全体的に皆高いが、より高い必要がある」、「全体的に皆低いが、あまり低すぎないほうがパフォーマンスがよい」といった解釈が可能となります。

3.重回帰分析
ある変数(例:予測したい評価指標)を、複数の説明変数の値(アセスメントデータ)の一次式で予測する手法です。重回帰分析で得られた式にアセスメントデータを当てはめることで、当該業務の未経験者でも評価予測が可能になります。予測される評価指標が1つの尺度で表されるため、選抜場面の序列化に向いています。
4.データマイニング
もともとはマーケティングの分野で発達した手法で、大量に集積されたデータを採掘(マイニング)して、宝物(情報、知識、仮説など)を見つける手法の総称です。当社では、データマイニングの中で「決定木(Decision Tree)」と呼ばれる手法をアセスメントデータの分析に活用しています。ターゲットとなる集団(例:高業績群)が、その他集団と比較してどのアセスメントの尺度のどの得点域により多く含まれるか、全データの全組み合わせにあたって、帰納的に発見するものです。対象人数が比較的少ない場合でもこの手法を用いることができる点、パフォーマンスに関わるアセスメントの尺度だけでなく、得点域まで示唆することができる点が特徴です。また、場合によっては複数のパターンが抽出されることもあります。

次回後編は、データ分析による人材要件定義のよくある課題について解説します。 次世代コンピュータとして期待されている量子コンピュータの開発が加速しています。実用化されれば、医薬品の開発、ビッグデータの解析などいろいろな分野にて多大な進展をもたらすといわれています。近年ピープルアナリティクスと呼ばれる人事におけるデータ活用が注目されていますが、コンピュータの技術向上によって更に加速することが想像されます。今回は、量子コンピュータとはどのようなコンピュータなのか、また、これからの展望についてご紹介させていただきます。
量子コンピュータとは
従来のコンピュータは情報を処理する際に「0か1」という2通りの状態のみをあらわす「ビット」を最小単位として扱っているのに対して、量子コンピュータは量子力学の原理を応用した「量子ビット」を使用して情報の処理を行います。この「量子ビット」の性質は「0と1との両方の状態を同時に表すことができる」すなわち「0でありかつ1である」という状態をとることができるというところにあります。この性質により量子コンピュータではn個の量子ビットがあれば2のn乗の状態を同時に計算できることになり、実用化されれば、従来のコンピュータよりも圧倒的に高い処理能力を持つといわれています。
現在、研究開発が進められている量子コンピュータは「量子ゲート方式」と呼ばれるタイプと「量子アニーリング方式」と呼ばれるタイプの大きく2種類に分類されます。「量子ゲート方式」は従来のコンピュータと近い汎用型のものとなり、「量子アニーリング方式」は使用用途が限定され、組み合わせの最適化に特化したものとなります。
量子コンピュータの可能性
量子アニーリング方式の得意とする組み合わせの最適化とは「巡回セールスマン問題」といわれるセールスマンの訪問先が複数あるとき、移動時間や交通費といったコストを最小化した選択肢を導き出す方法に代表されます。組み合わせの最適化により、交通渋滞の緩和や医薬品の開発における分子の構造分析にも応用ができるといわれています。また、ビッグデータやその他の膨大なデータの掛け合わせシミュレーション、分析が可能になることから、新しい概念の研究開発、新しい分析手法の開発、精度の高い未来の情勢予測なども実現するかもしれません。人事分野では、今まで一括して取り扱えなかったあらゆる属性情報を幅広く分析対象として取り扱える可能性を秘めています。経験、スキル、ポテンシャルに留まらず、その人を表す様々な情報から、選抜、配置、チームや組織の最適化の実現も夢ではありません。これは同時に、人材配置の最適化が企業業績や経営にどのように影響を与えるかも解明できる可能性があります。量子コンピュータは、人事のビジネスインパクトの可視化ももたらすかもしれません。
今後の展望
現状ではまだ扱える量子ビット数が少ない点や、使用できる状況が限定されるなど、問題があり、本格的な実用化まではいたっていませんが、今後の開発によりその問題は解消されるでしょう。 実際、量子コンピュータは現在進行形で進化しており、すでに商用として稼働しているものもあります。また、量子コンピュータ用の新しいアルゴリズムも続々と開発されています。量子コンピュータ専用の開発ツールの提供や量子コンピュータの開発者養成の講座も行われており、実用化への準備は着々と進んでいます。おわりに
量子コンピュータが広く実用化されるまでにはまだ時間がかかるとみられます。しかしながら、実用化された時の社会に与えるインパクトは大きく、人事分野においても例外ではないでしょう。量子コンピュータの実用化が社会にどのような影響を与えるのか、今後も注目していきたいです。 営業職に求められる能力は経営環境の変化とともに変化し、かつ営業職に求められる能力は高度化してきています(太田、2002;横田、2006など)。顧客と良い関係を築ける営業担当者が優秀とされた「御用聞き営業」の時代から、顧客の課題を聞き出すヒアリング力、課題に応じたソリューションを考える企画力などが求められる「ソリューション営業」、顧客が気づいていない課題を見つける洞察力や、それを顧客に示す指摘力が求められる「インサイト営業」の時代へと。では、本当に企業で評価される営業職のタイプは時代によって異なっているのでしょうか。当社では、実際の営業職従事者のパーソナリティ検査OPQデータを用いて、
①営業職にはどのようなタイプが存在するのか
②そのタイプへの評価は時代によって変化するのか
③業界によってタイプの評価変遷に違いがあるのか(対象業界「商社」と「証券」)
を検証しました。
①営業職のタイプ
そもそも営業職にはどの様なタイプが存在しているのでしょうか。1999年から2017年の19年間に当社が依頼を受けたパーソナリティ(OPQ30因子)と評価の関係分析のうち、一般社員販売・営業職従事者のデータ(N=35,987)を用いて営業職のタイプ分類を行った結果、営業職を以下の4つのタイプに分類することが出来ました。

次にこれらのタイプが年代によってどう評価されているのかを検証しました。
②全体:タイプごとの評価変遷
19年間のデータを、1999年から2008年の10年間と2009年から2017年の9年間に区分し、年代ごとの高評価者とその他営業職従事者のタイプ割合を集計、統計分析(カイ二乗検定)を実施しました。
【結果】
-高評価者に占める「典型」と「論理」の割合は、その他に占める割合よりも大きい
-「タフ」「着実」は評価されにくい
-この傾向は99~08年も09~17年も同様である
全体でみると、年代による評価傾向の違いは見られないという結果が得られました。
③業界別:タイプごとの評価変遷
営業職全体では年代による差は見られませんでしたが、業界別ではどうでしょうか。同じ19年間でも、業界によって経営環境の変化には差があったはずです。「商社」と「証券」業界で同様の比較を行いました。
【結果】
●商社
-最も変化したのは「典型」。99~08年では有意差はないが高評価者の割合が高かったが、09~17年では有意に評価されなくなっている。
-「着実」は各年代で見たときにいずれも評価されない傾向にあるが、高評価者同士の年代比較を見ると「典型」の高評価者が減った分「着実」が増えている。
商社では、年代によって評価されるタイプに変化が見られました。商社の中で必要な人材に変化があったことがうかがえます。
●証券
-高評価者同士の比較で、「典型」の割合が増加している。
-「論理」は99~08年では評価されていたが、09~17年では評価されなくなっている。

証券でも、年代による評価の違いが見られました。しかし、商社とは異なり「典型」が評価されるようになっています。
結果から見えてくる「営業職に求められるパーソナリティ要件」
営業職従事者をタイプ分けしたとき、4つのタイプに分類されました。このうち、「典型」と「論理」は営業職全体で見たときにはどの年代においても評価されていました。共通しているのは、「相手に働きかけるコミュニケーション」と「上を目指し即断即決する」能力です。これらの要件はそもそも優秀な営業職に必要不可欠な要因であると考えられます。
また、商社で評価される傾向が見られた「論理」と「着実」に共通しているのは、「データを読み解き考える」能力と「先の計画を立てる」能力です。商社においては、頭脳や段取り力が評価されるようになってきているようです。特に総合商社では仕事内容が単なる卸売から複数の企業が介在するプロジェクトのとりまとめへと変化しています。プロジェクトを円滑に進めるためには、物事の進捗を把握し、計画通りに進める能力が求められるため、「着実」が高評価者の中での割合を増やしていると考えられます。
一方、証券は「典型」が評価されるようになっています。証券は扱う商品に差がないため、売れるかどうかは営業担当者と顧客の信頼関係によるところが大きいと考えられ、そのためコミュニケーション能力とエネルギーに長けた「典型」が評価されるのは納得が行きます。しかし、それは今も昔も変わらないはずであり、「論理」が減った要因とは考えにくいです。一つの仮説として、リーマンショックが関わっている可能性が挙げられます。2008年のリーマンショック後、証券業界は全体的に落ち込みました。そんな時期には、考えるよりもとりあえず行動できるエネルギーを持った人が生き残り評価されるのではないでしょうか。この証券業界の変化については、より業界背景を鑑みた検証が必要であると考えています。

※引用文献:柳島 真理子・堀 博美(2017)営業職のパーソナリティ要件変化検証―約20年間の蓄積データによる検証― 産業・組織心理学会 第34回