今日のビジネス環境は、グローバル化とデジタル化の進展により、かつてない速度で激しく変化しています。特にVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代において、日本型雇用システムに最適化された従来の幹部育成の仕組みでは、世界中からリーダー候補を見出し、困難な舵取りを任せられる人材を育てることは困難になっています。
こうした背景から、多くの企業が「ハイポテンシャル人材」の早期発掘と育成(ハイポテンシャル人材プログラム)に注力しています。ハイポテンシャル人材(ハイポ人材)とは、将来の経営や事業のリーダー(役員候補)となるために必要な、高い潜在能力を持つ人材を指します。しかし、その取り組みの多くが、期待された成果を出せていないという厳しい現実があります。
1.ハイポテンシャル人材プログラムの「不都合な真実」
- プログラムの73%がビジネス成果に結びついていない。
- 約半数の企業が、人材を特定するための体系的な方法を持っていない。
- 新たにリーダーとなった人の46%がビジネス目標を達成できない。
- プログラム参加者の55%は5年間以内にハイポテンシャル人材プールから脱落する。
- 参加者の64%がプログラムに満足していない。
- プログラムの69%が、将来のリーダーを安定的に供給する「人材パイプライン」の構築に失敗している。
SHLが実施した世界的な調査によると、ハイポテンシャル人材プログラムの現状には以下のような課題が浮き彫りになっています。
2.「高業績者」が必ずしも「次世代リーダー」ではない理由
多くの企業は、現在の業績評価に基づいて候補者を選んでいます。しかし、SHLの調査では、現在の職務での高業績者のうち、上位職(リーダー)として成功する能力を備えているのはわずか15%(7人に1人)に過ぎないことが判明しています。 現在の仕事で優れた成果を出していても、上位職に求められる複雑な判断や組織を率いる能力を持っているとは限りません。真のハイポテンシャル人材を見極めるには、現在の顕在化した業績ではなく、将来の成功を規定する「3つの要件」を客観的に評価する必要があります。
3.ハイポテンシャル人材(ハイポ人材)の「3つの要件」と具体的な測定方法
SHLの調査から、上位職で成功する人の共通性は3つあることがわかりました。
一つ目はアスピレーション(上昇志向)、上位職に就きたいという強い志を持っていること。次はアビリティ(能力)、上位職で効果的な判断と行動ができること。最後はエンゲージメント、組織と仕事にコミットして会社にとどまることです。
真のハイポテンシャル人材を正しく選ぶためには、高業績者の中からこれらの特徴を持った人材を識別する必要があります。
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モチベーションリソース(MQ:モチベーション検査で測定):
- 活力:忙しさやプレッシャーがあるほど精力的に取り組む。
- 権限:人を動かし、大きな責任を負うことを求める。
- 没頭:公私の境なく仕事に全精力を注ぎ込む。
- 興味:変化や創造性を伴う刺激的な仕事を重視する。
- 柔軟性:型にはまらない流動的・曖昧な環境を好む。
- 自主性:自分で仕事のやり方を考え、自律的に動く。
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行動特性(OPQ:パーソナリティ検査で測定):
- 主体性と責任感:リスクをとって機会を作り、目標に影響を与える役割を引き受ける。
- 目標達成と自己啓発の追求:努力を惜しまず、自己投資に積極的である。
①アスピレーション(上昇志向)
単なる「やる気」ではなく、 組織の重責を担いたいという強い意志や野心です。世界のビジネスマン43万人を対象とした調査により、経営幹部として成功する人は以下の6つのモチベーションリソース(意欲源)」と「2つの行動特性」において高いスコアを示すことがわかっています。
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- ビジョンを作る:推論に基づき明確なビジョンを策定する。
- ゴールを共有する:周囲を鼓舞し、方向性を示す。
- サポートを得る:相互支援関係を築き、メンバーをサポートする。
- 成功へ導く:目標を完遂し、結果を出す。
執行型マネジャー リーダーシップの機能 変革型リーダー 分析力 ビジョンを作る 創造力 ストレス耐性 ゴールを共有する 対人積極性 チームワーク サポートを得る リーダーシップ 手順化能力 成功へ導く 完遂エネルギー -
変革型リーダー・コンピテンシー
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創造力
新しいアイデアや経験をオープンに受け入れることが必要な状況でうまく仕事をする。学習機会を求める。革新性と創造性を持って状況や問題に対処する。組織変革をサポートし、推進する。 -
対人積極性
コミュニケーションをとり、うまくネットワークを築く。人をうまく説得し、影響を与える。自信を持ったリラックスした態度で人と接する。 -
リーダーシップ
主導権を握り、リーダーシップを発揮することを自然と好む。率先して行動を起こし、指示を与え、責任をとる。 -
完遂エネルギー
結果や自分の仕事目標の達成に焦点を当てる。競争心から、ビジネスや商売、財務に積極的な関心を示す傾向がある。自己啓発や昇進の機会を求める。
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創造力
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執行型マネジャー・コンピテンシー
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分析力
明快で分析的な考え方をする。複雑な問題の核心に迫る。自分の専門性をうまく活用し、新しい技術を素早く取り入れる。 -
ストレス耐性
変化に適応し、うまく対応する。プレッシャーのもとで力を発揮し、失敗にもうまく対処する。落ち着いていて楽観的に見え、不確実な時や変化の時に、周囲に安定感や安心感を与える。 -
チームワーク
人の問題を第一に考え、同僚を支援し、他の人に敬意と前向きな配慮を示す。人に影響を与えるような厳しい選択をすることを難しいと感じる可能性がある。 -
手順化能力
指示や手順に従い、事前に計画を立てる。エネルギッシュに体系的かつ段取りよく仕事をする。決まった商品やサービスを定められた水準で遂行することに焦点を当てる。
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分析力
② アビリティ(能力)
経営幹部として、以下の4つの役割を遂行できる能力です。これらを遂行するスタイルには、革新を推進する「変革型リーダー」と、着実に組織を運営する「執行型マネジャー」の2つがあります。
これらのコンピテンシーはOPQ(パーソナリティ検査)とVerify(認知能力検査)を組み合わせることで客観的な測定が可能です。
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現在のエンゲージメント:
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今の仕事に強い関心を示す。
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成し遂げた仕事に対する誇りを表明する。
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悪いことが起こっても楽観的に物事を捉える。
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うまくいくように時間とエネルギーをかける。
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必要なら他の人の仕事を手伝うことをいとわない。
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将来のエンゲージメント:
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組織を前向きにとらえられるよう周りを元気づける。
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個人的なニーズや関心よりも、会社や組織を優先する。
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責任範囲外の仕事も買って出る。
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会社と共にキャリア開発の計画を立てる。
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組織および組織の成功に関心を持っていることを示す質問をする。
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③ エンゲージメント
組織に留まり貢献し続けたいという愛着心です。エンゲージメントが高い人材は、低い人材に比べ組織に留まる可能性が2倍高まります。評価は上長による面接や行動観察で行い、以下の2つの軸で判定します。
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4.ハイポテンシャル人材に求められる「3つの要件」が欠けるリスク
- アスピレーション(上昇志向)の欠如: 「ミスマッチなスター人材(Misaligned Stars)」能力とエンゲージメントは高いが、昇進意欲が低いため、上位職への打診を拒否したり、プログラムから離脱したりするリスクがあります。
- アビリティ(能力)の欠如: 「意欲的なドリーマー人材(Engaged Dreamers)」意欲と忠誠心は強いものの、リーダーとしてのスキルが伴わないため、登用しても期待される成果を出せません。
- エンゲージメントの欠如: 「エンゲージメントの低いスター人材(Disengaged Stars)」 能力も意欲も非常に高いが、組織へのコミットメントが弱いため、競合他社に引き抜かれたり、早期退職したりするリスクが非常に高くなります。
真のハイポテンシャル人材は、「アスピレーション」「アビリティ」「エンゲージメント」の3つをすべて兼ね備え、かつ現在の職務でも成功している人材です。これらが一つでも欠けると、以下のような深刻なリスクが生じます。
これらの要件が一つでも欠けると、上位職で成功する確率は40%未満にまで低下します。
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5.選抜後の「能力開発」と「リテンション」
- 「70:20:10」の法則: 学習の70%は「経験」から得られます。従来の研修(10%)よりも、「挑戦的な職務経験(オンザジョブラーニング)」の方が、パフォーマンス向上に3倍、エンゲージメント向上に2.5倍の効果があることがわかっています。
- ハイリスク・ハイリターンの提供: ハイポテンシャル人材は、大きな責任と困難な状況を好みます。失敗しても会社がバックアップするという「心理的安全」を担保した上で、ハイリスクなポストを与えることが、彼らのエンゲージメントを70%高めます。
- 明確なキャリアパスの提示: 個人の目標に合ったキャリアパスを示すことで、社員満足度は23%、エンゲージメントは35%向上します。
選抜した人材をどう育てるかも重要です。参加者の多くが不満を持つ理由は、一律の研修が個人のニーズや現場の課題に即していないためです。
結論:プログラム成功へのヒント
ハイポテンシャル人材(ハイポ人材)を成功させるためには、主観や現在の業績に頼るのではなく、「アビリティ」「アスピレーション」「エンゲージメント」を客観的なアセスメント(検査や面接)で正しく見極めることが不可欠です。 その上で、彼らに適したキャリアパスを提示し、心理的安全性を確保しながら挑戦的な経験を積ませることで、次世代を担う真のリーダーは育っていくのです。
このコラムの担当者
清田 茂
執行役員
入社以来30年、HRコンサルタントとして日本の人事アセスメント界を牽引。大手を中心にコンピテンシーモデリングから選抜設計、サクセッションプラン構築まで広範なプロジェクトを完遂。特に経営層との対話を通じた次世代リーダー育成に高い実績を持つ。 2002年取締役、2020年より執行役員として直販部門を統括。最前線で「人と仕事と組織の最適化」を追求する傍ら、SHLグループのグローバル知見の国内導入も推進。