公開日:2025/11/28
「現場で一番優秀だった社員をマネージャーに抜擢したが、チームが崩壊してしまった」
「次世代リーダー研修を実施しているが、実際の経営課題に対応できる人材が育ってこない」
多くの企業の人事担当者や経営者が、このようなリーダー育成の悩みを抱えています。人的資本経営が叫ばれる中、組織の未来を担うリーダーの創出は最重要課題の一つです。しかし、従来型の「経験と勘」に頼った選抜や、一律的な階層別研修だけでは、変化の激しい現代のビジネス環境に対応できなくなっています。
本記事では、リーダー育成が失敗する構造的な原因を解き明かした上で、「ハイポテンシャル人材の選抜」から「コンテクスト(文脈)を踏まえた最適配置」、そして「経験(タフアサインメント)による成長」に至る科学的なプロセスについて詳しく解説します。
予算に載らない「質の悪い面接」が生む3つの隠れたコスト
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【課題1】「ハイパフォーマー=リーダー適性あり」という誤解
最も典型的な間違いは、現在の職務で高い成果を上げている「ハイパフォーマー」を、自動的に次世代リーダー候補(ハイポテンシャル人材)と見なしてしまうことです。
SHLグループの調査によると、真のハイポテンシャル人材(将来のリーダーとして有望な人材)は、ハイパフォーマー全体のわずか15%に過ぎないという衝撃的なデータがあります。
「プレイヤーとしての業務遂行能力」と「リーダーとして組織を率いる能力」は別物です。この事実を無視した抜擢は、優秀なプレイヤーを失い、不適合なリーダーを生み出すという「二重の損失」を招きます。 -
【課題2】育成プログラムが「画一的」で現場の現実に即していない
多くの企業で行われているリーダー研修は、「論理的思考力」や「コミュニケーション力」といった、一般的で汎用的なスキルの習得に終始しがちです。 しかし、実際のビジネス現場でリーダーに求められる行動は、「急成長中の新規事業を牽引する」のか、「成熟した組織を再構築する」のかといった「置かれた状況(コンテクスト)」によって全く異なります。個別の文脈を無視した画一的な育成は、実戦での行動変容に繋がりません。
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【課題3】客観的な測定指標(ものさし)の欠如
リーダーの選抜において、上司の主観や「なんとなくの印象」が介入してしまうことも深刻な課題です。
データによれば、ハイポテンシャル人材の選抜の75%は主観的な判断に基づいて行われています。これでは、上司と似たタイプの人材ばかりが選ばれる(バイアス)リスクがあり、多様性が損なわれるだけでなく、本当に能力のある「埋もれた人材」を見落としてしまいます。
企業の持続的成長にはリーダーの存在が不可欠ですが、その育成は一筋縄ではいきません。多くの企業が陥りがちな失敗には、共通する3つの構造的な理由が存在します。
成功確率を高める「科学的リーダー育成」の4ステップ
ハイポテンシャル人材
リーダーシップポテンシャルを持っているのは誰か?戦略的な整合性
私たちは現在と未来に求められるリーダーシップスキルを保有しているか?サクセッションプラン
この重要なリーダー職を引き継げる人材は誰か?-
Step1:ハイポテンシャル人材(HiPo)の発掘と特定
最初の段階では、特定のポストに限定せず、広く「将来リーダーになり得る資質を持つ人材」をプールします。ここで重要なのは、以下の「汎用的な3つのポテンシャル要素」を指標に、客観的なアセスメントでスクリーニングを行うことです。
- Aspiration(熱意):より高い役割や責任を担いたいという意欲、上昇志向
- Ability(能力):経営幹部などの上位層リーダーとして活躍するための知的能力
- Engagement(適性):企業や組織への共感、コミットメントや愛着心
この3要素を兼ね備えた人材こそが、育成投資を集中させるべき真の「ハイポテンシャル人材」です。
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Step2:経験学習(70:20:10)と自己認識の深化
特定された人材を育てる鍵は「70:20:10の法則」にあります。リーダーの成長の70%は「仕事上の経験」から得られ、20%は「他者(上司やメンター)からの薫陶」から、座学からはわずか10%しか得られないという経験則です。
- タフアサインメント(修羅場経験):より高い役割や責任を担いたいという意欲、上昇志向
本人の実力より一回り高いレベルの課題(例:撤退寸前の事業立て直し、海外拠点の立ち上げ)を意図的に割り当てます。 - アセスメントに基づく自己認識:単に修羅場に置くだけでは潰れてしまうリスクがあります。OPQなどのアセスメント結果をフィードバックし、「不確実な状況で決断が遅れる」といった自身の特性(強みとリスク)を深く理解させた上で経験させることが重要です。
リーダーは教室の中ではなく、現場の決断の中で育ちます。したがって育成フェーズでは、以下の2つをセットで提供します。
- タフアサインメント(修羅場経験):より高い役割や責任を担いたいという意欲、上昇志向
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Step3:27のコンテクストを用いた選抜と配置(サクセッション)
タレントプールから、いよいよ具体的な重要ポスト(部長級・役員級など)の後継者を選抜する段階です。ここで初めて「コンテクスト(文脈)」の概念が決定的な意味を持ちます。
「優秀なリーダーならどこでも通用する」わけではありません。リーダーの成功は「個人の資質」と「置かれた環境」の相性で決まります。SHLでは、リーダーが直面するビジネス上の課題を「27のコンテクスト」として体系化しています。コンテクスト一覧(Leadership Challenges)
- 人材を最大限に活用する
- 創造性と革新を推進する
- ネットワークパフォーマンスを向上させる
- 地理的に散らばったチームをリードする
- 人材を最大限に活用する
- 協調し合わない風土を変える
- 揉め事の多い風土を変える
チームのパフォーマンスを推進する
- 新しい戦略を立案し、推進する
- 急速に変化する製品、サービス、プロセスに対応する
- 不確実性が高くあいまいな状況下で業務を遂行する
- 合併や買収でリードする
- 頻繁なリーダー交代に適応する
変革をリードする
- 高いリスクをとる状況下で業務を行う
- リスクを嫌う状況下で業務を行う
- リソースがかなり制限された中で運営する
- 人や業務の安全とセキュリティを確保する
- 対外的に組織を代表する
- 環境の持続可能性を確保する
リスクと評判をマネジメントする
- 高い利益率を実現する
- イノベーションでビジネスを成長させる
- 市場シェアを伸ばしてビジネスを成長させる
- コスト競争力でビジネスを成長させる
- 地理的拡大を通じてビジネスを成長させる
- 独立採算の事業を経営する
- 製品・サービスの幅広いポートフォリオをマネジメントする
- 卓越した顧客サービスを提供する
- 共通する業務やサービスを集約して果たすチームをリードする
結果を出す
サクセッションプランでは、対象となるポストが「今、どのコンテクストにあるか」を定義します。
例えば、同じ「営業部長」というポストでも、「シェア拡大(攻め)」のフェーズなのか、「コスト構造改革(守り・効率化)」のフェーズなのかによって、適任者は全く異なります。
SHLの調査では、このコンテクストを考慮してリーダーを選抜した場合、その成功確率は平均で4倍以上高まることが分かっています。 -
Step4:データに基づく戦略的オンボーディング
最適な配置後も科学的アプローチは続きます。「コンテクスト適合度が高い」といっても完璧な人材はいません。 アセスメントで「変革力は高いが、融和に課題がある」と判明していれば、着任当初からチームビルディングに長けたメンターを付けるなど、リスクを先回りして最小化する対策が可能になります。
では、どうすれば再現性の高いリーダー育成が可能になるのでしょうか。 重要なのは、全社員の中から将来の種(HiPo)を見つけ出し、経営を担うリーダーへと絞り込んでいく「ファネル(漏斗)」のような段階的アプローチです。
未来のリーダーを特定する
強固なリーダーシップパイプラインを作るための最も重要な第一歩
成功事例に学ぶ:データドリブンなタレントマネジメントの実際
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【事例1】実績だけでなく「ポテンシャル」で若手リーダーを発掘
積水ハウス株式会社
同社では、30〜35歳の若手層から次世代リーダーを発掘する社内ブログラムにおいて、従来の上長推薦や業績評価だけでなく、客観的なタレントアセスメントを導入しました。
成果:
現在の担当業務の成果(パフォーマンス)だけでは見逃されていたかもしれない、将来のリーダー適性(ポテンシャル)を持つ「光る人材」を効率的に発掘し、タレントパイプラインを強固にしました。 -
【事例2】客観指標に基づく透明性のあるサクセッションプラン
三菱自動車工業株式会社
経営戦略と連動したサクセッションプラン構築において、重要ポストの後継者選定に「パフォーマンス」と「ポテンシャル」の両軸評価を導入しました。
成果:
アセスメントで個人の資質を可視化することで、主観や経験則に頼らない透明性の高い選抜を実現。選抜された候補者に対し、計画的な育成プログラムを提供する仕組みを整えました。 -
【事例3】世界共通の「ものさし」でタレントマネジメントを標準化
ケルヒャー(Alfred Kärcher SE & Co. KG)
グローバル企業へ急成長する中で、国ごとに異なっていた人事プロセスの標準化が課題でした。そこで20言語・48カ国で共通のアセスメント(OPQなど)を導入しました。
成果:
世界中のあらゆる拠点において「同じ基準(ものさし)」で人材の適性を見極めることが可能になり、最適な人材配置と質の高いリーダー育成を実現しています。
実際に科学的アプローチを取り入れ、成果を上げている企業の事例を紹介します。
まとめ:不確実な時代のリーダー育成は「科学」と「文脈」で加速する
- 発掘:汎用的な「ポテンシャル」で広く候補者を見つけ出す。
- 育成:自己認識を深めさせ、「修羅場経験」で筋肉を鍛える。
- 配置:「27のコンテクスト」で経営課題との適合度を見極める。
リーダー育成は企業の未来を決める最重要投資ですが、もはや過去の成功体験や主観的な勘は通用しません。
このプロセスを、アセスメントという客観的なデータを用いて回していくことが、失敗しないリーダー育成の鉄則です。
このコラムの担当者
水上 加奈子
日本エス・エイチ・エル株式会社
マーケティング課 課長