はじめに
12月は多くの会社で冬季賞与が支給されます。賞与の支給額は対象期間の評価によって決定されることが一般的ですから、賞与と評価はセットであり、評価は従業員の意欲と行動に影響を与えますので、評価に基づくフィードバックを欠かすことはできません。
私もこの時期は従業員の評価とフィードバックを行います。みんなが評価を受けとめられるよう気持ちに寄り添い、良い結果でも悪い結果でも今よりも少しでいいので仕事に対して意欲的になってもらいたいとフィードバックをしています。もちろん全員に意欲的なってもらおうと心がけていますが、本当に難しいのは自信を失っている人に対するフィードバックです。
本コラムは、自信を失っている部下に対してどのような対話をしたらよいかを考えてみます。
ケース:自信を失っている部下との会話
以下、成績が芳しくない社員Aに対するフィードバックでの会話です。
私「Aさん、当期の売上予算達成率は○○%で大幅な予算未達成となりました。また、訪問件数についても目安となる月間件数の半分程度です。アカウントプランはしっかり立てているのに、どうして顧客との接点を増やすことができなかったのでしょうか?」
社員A「メールを送っているのですが返信をもらえないことが多いです。採用担当者とのミーティングの際に人事企画や人材開発担当者を紹介してほしいとお願いしていますが、なかなか快いお返事をいただけません。」
私「△△社に対しては、様々な担当者に対して複数の案件を提案し、実際にプロジェクトが複数動いています。△△社にはどのようにアプローチしたのですか?」
社員A「うーん、△△さんの採用チームからは様々な要望をもらいます。私はその問題をどのように解決できるかを検討し解決策を提案しています。私からアプローチしているというより、先方からの依頼に対応している感じです。」
私「先方のサクセッションプランプロジェクトもうまくいっていますよね。この案件はどのようにアプローチしたのですか?」
社員A「あのプロジェクトですね。人材戦略チームから問い合わせをもらいました。先方の部長がサクセッションプランのためのアセスメントを探しており、採用チームがSHLのアセスメントを勧めてくれたと聞いています。私から働きかけたわけではありません。」
励ましが失敗する理由
この後どのような対話をしますか。多くのマネージャーはこの社員を励まし、前向きさを取り戻してもらおうとするでしょう。あなたが優れた対応をしたから採用チームはあなたを信用し、他部署にも紹介してくれた、そう解釈を示し、積極的な紹介依頼を促すかもしれません。
しかし、こうした励ましはしばしば成果につながりません。励ましが、本人の内なる批判とあなたのポジティブな見立ての「議論」になりやすいからです。タラ・ソフィア・モアは、コーチングではこれを「内なる批判への反論」と呼び、「クライアントの内なる批判に反論してはならない。時間の無駄だとわかっているからだ」と指摘します。
(タラ・ソフィア・モア, 2023, 『自信を持てない部下に、何をどう語りかけるか』DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2023年2月号, pp.110–113, 株式会社ダイヤモンド社)。
成功体験があっても自信を失う理由(傷つく恐怖と内なる批判)
この対話からわかることは、自信を失う理由は客観的な成功体験が無いからではないということです。社員Aは採用担当者に対する高品質で丁寧なサービス提供により顧客からの信頼を獲得しており、その結果が別の担当者へのSHLの紹介につながり、そこで新たな案件を受注したという成功体験をしているのです。しかし、本人は顧客に対して社内の別窓口を紹介してもらう行為に自信が持てません。
自信が持てないのは、客観的な根拠に基づいて「できない」と判断したからではなく、失敗して傷つくことに対する過剰な恐怖心をいだくからなのです。こんな状態の人に「あなたならうまくできる」などと言っても恐怖心が和らぐことはなく、ましてやなぜ自分ができないことをわかってくれないのだろうと上司への不信感を募らせることになります。
自己客観化で不信感を軽減する(パーソナリティ検査OPQとモチベーション検査MQの活用)
私はこの後、社員Aを励ますかわりに次の提案をしました。
「積極的な顧客開拓が苦手だと感じているようですが、実際には成功している場面もあります。Aさんの行動を抑制している要因を一緒に探索してみませんか。AさんのOPQとMQの結果を私からフィードバックし、顧客開拓行動における強みと弱みを明確にしましょう。パーソナリティやモチベーションリソースのどの部分がどのように作用しているかがわかれば、ネガティブな考えに苛まれそうなときに自分の反応を客観視できます。客観視できれば、自分に対する不信感がパーソナリティとモチベーションリソースによるものだと理解でき、うまく対処できるようになるはずです。」
この提案に対してAさんは「どうして行動しなかったか、今は明確に説明できません。私は具体的な問題に対処することには自信があります。問題を明確にできれば解決に進めると思います」と応じました。
内なる批判は誰にでも生じますが、その強さや現れ方はパーソナリティの影響を受けます。パーソナリティとは、個人の典型的な感じ方・考え方・振る舞い方、いわばクセです。これを客観的に理解することで、陥りやすい行動・思考・感情のパターンを把握し、コントロールが可能になります。モチベーションリソースは、個人をやる気にさせたり失わせたりする要因で、内なる批判を強めたり弱めたりするスイッチになり得ます。自信もなく、やりたくもない状態では人は容易に否定的な結論へ向かいます。一方で「自信はないが、やりたい」という状態は、一歩を踏み出すための重要なエネルギーになります。
部下との面談では、内なる批判に反論するのではなく、自己客観化を支援する設計が有効です。内なる批判は、自分の行動特性や動機付け要因から生じる自己不信であり、コントロール可能だと理解してもらうことが重要です。客観的な自己理解により内なる批判が現れやすい場面を知り、兆候がみられたらすぐに気づけるようします。実際に内なる批判が現れたら事実と解釈を切り分け、根拠のない自己不信に左右されず合理的な判断ができるよう促します。
まとめ:励ましが機能しない場面での次の一手
部下を励まして成長を促したいという思いは、すべてのマネージャーに共通です。私もまずは励まします。しかし、励ましがうまく機能しない場面では、OPQとMQを活用した自己客観化の支援に切り替えてください。それは一時的な意欲形成にとどまらず、これからの長いビジネスパーソン人生で何度も立ち現れる内なる批判をうまく扱うための、再現可能な知識と技法になります。
参考文献
(タラ・ソフィア・モア, 2023, 『自信を持てない部下に、何をどう語りかけるか』DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2023年2月号, pp.110–113, 株式会社ダイヤモンド社)。
このコラムの担当者
清田 茂
日本エス・エイチ・エル株式会社 執行役員