AIが台頭する今の時代、肩書きや職種名は変わらなくとも、その裏にある仕事の中身は大きく変化しています。今回は、固定的な役割を前提に設計されたこれまでの評価手法が、変化の激しい業界ではなぜ機能しにくいのか、そして未来の仕事を形作っていける人材を見極める方法について、SHLグループのコラムから解説します。
肩書きは同じでも、仕事はもう別物?
5年前、製造業の「生産部門の責任者」という役割ははっきりしていました。工程に関する深い知識、システムの効率的な管理、定められた指標どおりに成果を出すこと。求める人物像は明確であり、アセスメントもそうした人を見つけるために設計されていました。
ところが今、同じ肩書きのポストには、さまざまな課題が一度に押し寄せています。AIを活用した生産、脱炭素(ネットゼロ)に向けた設備投資の判断、分断が進むサプライチェーン、そして人手が減りながら同時にスキルの学び直しも求められる現場。肩書きは変わっていなくても、求められる仕事の中身は大きく変わったのです。こうした変化は、この職種に限らず、多くの職種や業界で起きています。仕事のあり方がこれほど大きく変わるなか、採用では何を重視すればよいのでしょうか。
「成功プロファイル」が時代に取り残されつつある理由
世界経済フォーラム(WEF)が55の国・地域、1,000社以上の雇用主を対象にまとめた「仕事の未来レポート(Future of Jobs Report)」によると、現在の働き手が持つ中核的なスキルのうち39%が、2030年までに大きく変わるか、時代遅れになるとされています。この数字は問題の大きさを示してはいますが、問題が実際にどこにあるのかまでは教えてくれません。
多くの組織は今も、「役割は変わらない」という前提でつくられた成功プロファイル(その職務で活躍する人に求められる要件をまとめたもの)を基準に、人材を評価しています。手法そのものに問題があるわけではありません。職務分析、コンピテンシー(成果につながる行動特性)の枠組み、構造化された演習課題は、いずれもよく設計されており、環境が安定していれば十分に機能します。しかし多くの業界、とりわけ構造的な変化のただなかにある業界では、役割そのものが変わりつつあるにもかかわらず、それを基準に成功プロファイルがつくられています。その結果、アセスメントはもはや実態に合わない役割のイメージをもとに採用を行っているのです。
深い専門性が足かせになるとき
採用の場面では、「この人は今の役割に合っているか?」が問われます。もっともな問いですが、変化の激しい状況では、それだけではもう十分とはいえません。きちんと定義された仕組みのなかで高い成果を上げていても、その仕組み自体が変わったときに同じように活躍できるとは限らないからです。確立された枠組みのなかで培った深い専門性は、安定した環境では確かな強みになります。しかし不安定な環境では、かえって足かせになることもあるのです。
変化に適応できる人とそうでない人を分けるのは、特定の専門スキルというよりも、慣れない状況をどう受け止め、どう考えるかによるところが大きいといえます。これはコンピテンシーよりも測るのが難しいものの、より重要だともいえるでしょう。
前述のWEFのレポートでは、雇用主の63%が、事業変革を阻む最大の壁として「スキル不足」を挙げています。この結果を受けた対応の多くは、研修プログラムやリスキリングへの投資に向けられています。しかし、そもそも組織が何を基準に人材を選ぶのかを見直す動きは、ほとんどありません。
構造的な変化の圧力にさらされている職務では、特定の業務モデルのもとでキャリアを築いてきた専門家ほど、経験の浅い人に比べて「アンラーニング(学習棄却)」しなければならないことがはるかに多くなります。状況に応じて、実績のあるやり方をいったん手放せる力。これは、単に新しいことを素早く学べる「アジャイルな学習者(機敏に学ぶ人)」であることとは別物です。本当に追い込まれた状況でも、自分のやり方が正しいとは限らないと認められる「知的謙虚さ」に近いものです。従来のコンピテンシーの枠組みの多くはこの力を想定しておらず、そこに「パフォーマンス(成果)だけを基準に選ぶこと」と「適応力も含めて選ぶこと」の違いが表れています。
実践でみるべき3つのポイント
行動特性アセスメントを使うと、候補者が特定の場面にどう向き合うかがわかり、その役割に本当に合っているかを深く理解する手がかりになります。ここでは3つの例を紹介します。
1.ルールが明確でない時の行動
:構造化された演習課題の多くは、指示がわかりやすく、やるべきことが決まっていて、結果を点数で評価できるようになっています。では、前例もなく、明らかな正解もないときはどうでしょうか。そうした場面での行動からは、型の決まったロールプレイでよい成績を出すだけではわからないことが見えてきます。2.自分の判断が誤っていた時の対処法
:重要なのは、ミスをするかどうかではなく、状況に対する最初の読みが外れたとわかったその瞬間に、どう動くかです。考えを改めるのか、話をそらすのか、それとも黙って自分の考えに固執するのか。こうした反応はアセスメントの場でも観察できますが、評価の対象になっていないことがよくあります。3.その役割がこれから実際に向かう方向に対応できるか
:現実離れした仮定ではなく、業界や組織の実際の動きをふまえた、十分に起こりうるシナリオで見ることが大切です。ねらいは、未来についての知識を問うことではありません。足場が固まっていない状況で、その人がどう考えるかを見ることにあります。役割の「これから」に備えられる人材か
今ある役割に対して人材の準備が整っているかを見極めることに注力している組織は、もう一つの、より難しい問いを見落とさないよう注意が必要です。それは、その人材が、役割の未来を形作っていけるかどうか、という問いです。
これからの10年をもっともうまく乗り切るのは、今の役割にぴったり合う人を採用するために選考基準を磨き上げた企業ではないでしょう。役割がこの先どう変わるかを見据え、役割がどのように変化しても成果を出せるスキルを持った人材を採用する企業こそが、成功をつかむはずです。
このコラムの担当者
水上 加奈子
日本エス・エイチ・エル株式会社 マーケティング課 課長
10年以上にわたりHRコンサルタントとして顧客と向き合う現場の最前線に立ち、大手企業の採用要件定義やデータ分析、育成研修等に従事。2016年に「イノベーション人材」をテーマに産業・組織心理学会で論文を発表。 その後、2020年のマーケティング部門立ち上げより現職。チーム責任者として科学的根拠に基づく発信を統括しつつ、現場知見を活かした多岐にわたるコンテンツ制作を指揮している。国家資格キャリアコンサルタント。