はじめに
今の時代に理想的なリーダーとはどのような人だと思いますか?今までに様々な学者がリーダーシップに関する膨大な研究を行ってきました。本当にたくさんのリーダーシップモデルが存在する今日、リーダーシップは多様であるためリーダーの置かれた環境に最適な行動をとることが最も優れたリーダーシップの発揮方法と考えてしまうのが最適解かもしれません。リーダーも適材適所と私は考えています。
さて、これからご紹介するエンタープライズリーダーはSHLが定義した新しい時代のリーダーシップモデルです。エンタープライズ・リーダーシップとは何か、なぜ今エンタープライズリーダーが求められるのかご説明いたします。
エンタープライズリーダーとは
エンタープライズリーダーとは、SHLが定義する新しい時代に求められるリーダーのことです。新しい時代といっても未来のことだけを言っているのではなく、大きく素早い変化の渦中にある現在に求められるリーダーを指します。定義は次の通りです。エンタープライズリーダーとは、個人の業績目標を達成し、他者の業績向上に貢献し、他者の業績から力を引き出し、チームにも同じことをするよう促すリーダーです。
エンタープライズリーダーは自分の担当領域だけでなく他部門を含めた企業全体に貢献し、加えてチームが自チームの業績だけでなく他チームを含めた企業全体に貢献できるようにします。
複雑さを増す環境
今、世界中で働く人々の意識が変化しています。大きな影響を与えた出来事は新型コロナウィルスの世界的流行です。リモートワーク、多様性、公平性、包括性、帰属意識、意義、目的を仕事や職場に求める動きが世界中で起きています。SHLの調査は、これらの変化がリーダーに以下の影響を及ぼしたと報告しています。・意思決定をするために、多くの同僚や部下とコンセンサスを築かなければならない
・責任範囲が広がり、部下の専門知識に頼らざるを得ない
・不慣れな人間関係に対して新しい組織文化を浸透させなければならない
・チームの日常を見ることができないため、メンバーを完全に信頼しなければならない
・指示をしなくても、メンバーが自律的に動けるようにしておかなければならない
・メンバーがお互いに指導や支援、能力開発し合う文化を築かなければならない
加えて、多くの企業が今のリーダーに対して以下3つの問題意識を持っていることがわかりました。
1. 組織の将来ニーズに対応する準備をしているリーダーが少ない
2. 経営・事業レベルのコラボレーションを主導できるリーダーが少ない
3. 自部門だけでなく会社全体を考慮して意思決定しているリーダーが少ない
これら調査結果を踏まえ、今日のリーダーに求められる役割行動を次の通り要約しました。

今日のリーダーに求められる10の役割行動
リーダーに求められる役割行動は10あり、三つのグループに分類できます。一つ目はビジョンを描き戦略を立てることに関するもの。以下の5項目です。
1)長期ビジョンを設定する。革新性と創造性を発揮し、「what-if」を問う。
魅力的なビジョンを描き、みんなの共感と賛同を得ることが重要です。リーダーがどのように世界をよくしていきたいかをメンバーは知りたがっています。
2)楽なことより正しいことをする。意味、目的、理由を明確にする。
パーパス経営という言葉が流行っています。ポストコロナの現代において、儲かるだけの会社では選ばれません。どのような存在意義があり、どのように社会に貢献するための組織なのか。そしてその社会貢献のあり方は正しいものなのかを人々は見ています。
3)人々を組織の目的に結び付け、みんなの考え方を変える。
各従業員の価値観、人生観、キャリアプラン、生活環境、個人的事情などと組織方針や戦略を結び付けることによって、全メンバーの意欲を引き出し、適材適所の配置によって才能を引き出します。すべての従業員を生かす組織の在り方を示すことでみんなの考え方は変わっていきます。
4)事業の戦略的意図を浸透させる。
いくら優れた戦略を立案しても、全メンバーが戦略を理解していなければ何の意味もありません。笛吹けど踊らずの理由は、これがうまくできていないからです。
5)組織文化を明確にして、行動と価値観のモデルを示す。
ジョンソン・エンド・ジョンソンのクレド、アマゾンのプリンシプル、ネットフリックスのカルチャーデックは有名な成功事例です。多くの企業でミッション、ビジョン、バリューを持っていると思いますが、行動規範としては抽象度が高いものが多いように感じます。バリューを実践するためのコンピテンシーがあれば、具体的な行動モデルを示すことができます。
二つ目は戦略を実行することに関するもの。以下の3項目です。
6)積極的に意思決定し、組織課題の解決策を見出す。
リーダーは速やかに意思決定しなくてはなりません。環境の変化が早く大きいからです。意思決定のタイミングを逃せば、問題解決はより困難さを増します。小さな組織課題が組織戦略を崩壊させるきっかけとなる可能性もあります。
7)権限委譲し、信頼する。インクルーシブアプローチに従い、共創する。
権限移譲できなければ、大きな組織をリードすることは不可能です。また多様性を受け入れるだけでなく、積極的に活用することがイノベーションを生みだす起爆剤となります。同質なメンバーによる密室での議論、リーダーによる独裁的な決断が、世界をゆがめていく様子を私たちはよく知っています。
8)人の成功を支援し、人を通じて成果を出す。
マネジメントの本質は「人をして事をなさしむ」です。執行型のリーダーとしての役割を端的に述べています。
三つ目は人との関りを作り出すことに関連するもの。以下の2項目です。
9)人を鼓舞し説得することで、社内外でパートナーシップを築く。
リーダーはその権限によって部下に対する支配力を持つと考える人がいますが、おそらくその人は自分が部下をマネジメントした経験がないか、部下をコントロールできていない人です。人は権限に従うのではありません。ビジョン、情熱、勇気、誠実さ、優しさ、感謝、知性などを示すリーダーの人の魅力に従うのです。真のリーダーは組織のヒエラルキーや権限に関わらず、社外であっても同じように影響力を行使できます。
10)変化への順応性と開放性。組織の枠にとらわれず、外部の人と関わる。
今いる従業員だけで対応できる変化だとしたら、その変化は些細なものです。現在起こっている環境変化は、組織に対して新しい能力、知識、技術を求めます。外部の人とのコラボレーションを抜きにして環境変化に対応するイノベーションを生み出すのはかなり困難なことと言えるでしょう。
エンタープライズ・リーダーシップの役割とコンピテンシー
最終的にSHLはエンタープライズリーダーの役割を四つに要約し、それらの役割遂行に求められる12項目のコンピテンシーを定義しました。役割の一つ目はリーダー・タスク・パフォーマンス。自分自身のタスクを遂行し、目標達成する役割のことです。二つ目はリーダー・ネットワーク・パフォーマンス。他の人の業績を改善し、その人に貢献してもらうことで自分の業績を向上させる役割。三つ目はチーム・タスク・パフォーマンス。チームが自らのタスクを遂行し、チーム目標を達成できるようにする役割。最後がチーム・ネットワーク・パフォーマンス。チームが他部署の業績を改善し、その他部署に貢献してもらうことでチームの業績を向上させられるようにする役割。つまり自らがリーダー・ネットワーク・パフォーマンスでやっていることをチームに求めること。

これらの役割を遂行するために定義された12項目のコンピテンシーは変革、執行、ネットワークの3グループに分類されています。以下の通りです。
1.変革のためのリーダーシップコンピテンシー
方向性を示し、変化を促すために他者を鼓舞する。組織の使命、文化、戦略を形成し、組織全体に変化を促し、期待以上のパフォーマンスを発揮できるよう、他の人々の意欲を高める。
・創造と構想
・交流とプレゼンテーション
・指導と決断
・進取の気性とパフォーマンス
2.執行のためのリーダーシップコンピテンシー
戦略を効率的に実行するために従業員を組織し、指揮する。目標を設定し、業績を監視し、社員の仕事を管理し、報酬を分配する。
・分析と解釈
・適応と対処
・支援と協力
・組織と実行
3.ネットワークのためのリーダーシップコンピテンシー
組織内外の幅広いネットワークを構築し、連携させ、有効化することで、強力なネットワーク・パフォーマンスを確立する。
・ネットワークの構築
・ネットワークの活性化
・相互依存の創造
・ネットワークの有効化
おわりに
以上がSHLのエンタープライズ・リーダーシップです。エンタープライズリーダーは理論的に優れているだけでなく、実際に売上と利益の成長率にプラスの影響を与えることがSHLの調査でわかっています。個人として優れたリーダーよりも、優れたエンタープライズリーダーはネットワークの力を使って、企業の業績を向上させることができるのです。この調査についてはまた別の機会でご紹介いたします。また、今回ご紹介したエンタープライズ・リーダーシップはパーソナリティ検査OPQによって測定できます。ご興味のある方はお問い合わせください。
コンピテンシーモデリングとは
タレントマネジメントを進める上で適切な人材要件の定義は必要不可欠です。人材要件を定義するためには、コンピテンシーに基づく職務分析が有効です。職務分析を行うことで、職務遂行に求められる重要な行動が明確になります。
職務に求められる重要な行動をコンピテンシーと呼び、特定の職務や階層、集団に求められる構造的なコンピテンシー群をコンピテンシーモデルと呼びます。職務に求められる複数のコンピテンシーを特定し、重複や抜け漏れのない構造的なコンピテンシーのまとまりを作ることをコンピテンシーモデリングと言います。つまり、コンピテンシーモデリングとは職務分析によってコンピテンシーモデルを作ることです。
職務分析の手法
コンピテンシーモデリングに入っていく前に、職務分析について少し説明します。職務分析とは、職務要件や人材要件を定義するために行う分析です。手法としては、以下5つが一般的です。
・観察
現職者が仕事をしている様子を観察します。この手法は、被観察者が観察されることを意識すると日常と異なった振る舞いをするかもしれないというリスクがあります。プロセスが観察できるような作業職にのみ有効です。
・インタビュー
現職者やその仕事についてよく知っている人に対してインタビューをします。自由面接や構造化面接、個人やグループなどやり方は様々です。どのような職務に対しても実施できます。
・参加
分析者が実際に仕事を行い、その経験に基づいて分析します。この手法はトレーニングが少なくて済むような非専門的な仕事に限られます。
・自己報告
現職者に行動の日記をつけてもらい、その日記を分析します。現職者が定期的かつ正確に情報を記入するかどうかに左右されます。
・既存情報のレビュー
既に存在する職務記述書などの情報を使用します。職務要件に関して新しい見方をもたらすことはありません。
最も簡便にできるインタビュー手法~カードソート(行動カード分類法)
5つの手法の中でどのような職務にも対応できるものがインタビューです。また、今回は複数あるインタビュー手法のうち、最も簡単に実施できるカードソート(行動カード分類法)をご説明します。カードソートはコンピテンシーカードを用いて行うインタビューです。コンピテンシーカードには、職務遂行に影響を与える行動(コンピテンシー名とその定義)が記述されています。
インタビュアーはインタビュイーに対して、全てのコンピテンシーカードを分析対象となっている職務の成功に「必要不可欠」、「望ましい」、「あまり関係しない」、「全く関係しない」の4つに分類するよう依頼します。各カードの分類理由をたずね、コンピテンシーがどのように発揮されるか、どのような影響を及ぼすかを確認し、総合的にコンピテンシーモデルを作成します。

コンピテンシーカード
SHLグループは汎用的なコンピテンシーの枠組みであるUCF(ユニバーサル・コンピテンシー・フレームワーク)を持っています。UCFは既存のコンピテンシーモデルやSHLが開発してきた数百のクライアント独自モデルの調査、様々なこの分野の研究に基づいて開発されました。3階層の構造を持っており、SHLのコンピテンシーカードはこの構造に基づいて設計されています。

・8個のコンピテンシー・ファクター
幅広いコンピテンシー領域を表す8枚のカード。職務パフォーマンスに影響を及ぼす一般的な行動のカテゴリーです。具体的コンピテンシーよりも一般的なコンピテンシーを定義づける際に役立ちます。
・20個のコンピテンシー・ディメンション
8枚のファクター・カードを細分化した20枚のディメンション・カードです。職務の具体的行動を明らかにして優先順位をつける際に用います。ディメンション・カードはUCFの20個のコンピテンシーを表しています。
・96個のコンピテンシー・コンポーネント
20枚のディメンション・カードをさらに詳細に分けたものが、96枚のコンポーネント・カードです。特定職務のパフォーマンスに影響を及ぼす様々な重要行動をより細かく定義することができます。
以下の表は、対人積極性ファクターにおける3階層の関係を表したものです。

カードソートのメリットとデメリット
メリットは、単純で簡潔なため結果が再現しやすいこと、1時間未満の短時間でできること、カードに幅広い行動が網羅されているためインタビュー対象者が自分で行動を述べる必要がなく楽なこと、です。加えて、グループインタビューにも対応しやすく、複数の対象者が職務行動を表現するための共通言語を持つことが容易な点もメリットです。デメリットはコンピテンシーカードの記述が一般化されていることに起因する問題です。この手法だけでは実際に行われる具体的行動に落とし込むことはできません。カードの言葉が組織で使われている意味と異なっていたり、カードに実際に使われている言葉がなかったりすることがあります。
カードソートによるコンピテンシーモデリングの目的
よく行われるカードソートによるコンピテンシーモデリングには以下の4つがあります。・組織のコンピテンシーフレームワークを作る
・新しい職務のコンピテンシーモデルを作る
・既存の職務のコンピテンシーモデルを作る
・独自コンピテンシーフレームワーク/モデルの妥当性を確認する
カードソートの手順
目的によってインタビューの対象者や対象になる職務、質問や作業が変わりますが、今回は既存職務のコンピテンシーモデリング手順をご説明します。インタビューの対象者は、人事担当者、既存職務のラインマネジャーやリーダーなど既存職務の成功に必要な行動について理解している人です。所要時間は1時間~2時間。カードを広げられる大きなテーブルがあるといいでしょう。
続いて手順は以下の通りです。
・準備
インタビューの対象者にインタビューの事前説明文を送っておきます。既存の職務記述書を見直し、必要なコンピテンシーについて検討しておきます。
・インタビューの導入
プロジェクトの目的と概要、インタビューのプロセスと情報管理について説明します。
・職務の重要目的を引き出す
職務の主要な目的、職責、課題について質問し、明確にします。
・カードを選ぶ
20枚のディメンション・カードを重要度で分類します。

・選択理由と具体的な行動を確認する
「必要不可欠」と「望ましい」に分類したカードについて、選択した理由と具体的な行動について確認します。具体的な行動を検討する際にコンポーネント・カードを活用します。行動を取捨選択し、職務に適したコンピテンシーとして要約します。
・情報のまとめ
新しいコンピテンシーモデルを確認し、その職務の仕事のタイプやレベルに合致したコンピテンシーになっているかどうかを検討し、確定します。
終わりに
今回は最も簡単なコンピテンシーモデルの作成方法であるカードソートについてご説明しました。この手法をより詳しく学びたい方はぜひ弊社主催のコンピテンシーデザインコースにご参加ください、と申し上げたいのですが、このコースはお客様のご要望に応じた不定期開催のため、すぐにお申込みいただくことができません。ご興味をお持ちいただけましたら無料のダウンロード資料「コンピテンシーモデリングのためのインタビューのご提案」をご覧ください。 年末の大掃除でたまたま手にした古い講演録に面白い記述がありました。ITバブルがピークを過ぎた2000年12月5日、当社は招待講演会「IT革命が変える人事インフラの未来」を開催しました。当時の日本企業は年功序列で運用されていた職能資格制度の制度疲労を背景に客観的な成果やコンピテンシーに基づく人事制度の導入を模索していました。
講演会の講師は当時代表取締役社長を務めていた清水佑三氏です。清水氏は講演の中で近い将来に起こる人事の変化について3つの予言をしました。
以下「」内の記述は2000年12月5日清水氏の講演内容抜粋です。
第一の予言:フリーエージェントが活躍する社会になる
「フリーエージェント型の社会が来るとみています。企業の正社員が社会の構成員の半分以上を占める時代が終わり、自由契約選手が社会の大半を占める時代が来るという予言です。(中略)正社員と自由契約選手の違いはどこにあるか、忠誠を尽くす相手が違っています。つまり会社に対して忠誠心を持つ人たちが正社員です。自分に対して忠誠を尽くす人が自由契約選手です。今は正社員が多いが、将来は自由契約選手の方が多くなるだろう。」
働く人の価値観の変化について述べています。会社と社員の絆が忠誠心(ロイヤリティ)からエンゲージメントへ変わっていくと捉えています。現在のスカウト、リファラル採用の普及、兼業副業の推進などは自由契約の増加を示す事象のように感じます。
「変化の激しい時代に固定的な雇用関係に縛られるくらい辛いことはない。(中略)それぞれの企業が自由なキャスティングをして勝負をしないと生き残れない。(中略)プロジェクトベースで契約して働くプロが中心となる社会がすぐ側まで来ていると考えられる。そのときに時間と空間の障壁をなくすインターネットは追い風として働きます。」
自由なキャスティングが競争力の源泉と言っています。プロジェクトごとに最適な人材を社内外から集め、プロジェクトが終了したら解散するような仕事の仕方が強い会社を作るという指摘です。この点について日本企業はまだまだです。ネットフリックス社はこの採用手法の成功事例です。パティ・マッコード氏(元NETFLIX最高人事責任者)が自身の著書「NETFLIXの最高人事戦略-自由と責任の文化を築く」でその手法について述べています。

第二の予言:アントレプレナーと職人の連合軍が主導権を握る社会になる
「技術オタクだけではIT革命は成就しません。(中略)彼らが役者だとすれば彼らをうまく活用する演出家がいる。それがアントレプレナーと言われる人たちです。(中略)シリコンバレーに人材を輩出している名門大学があります。スタンフォード大学です。ここがベンチャーの育成を熱心にやっています。」
当時と今の時価総額ランキングを比較すると、金融、エネルギーの企業から主導権がシリコンバレーのIT企業に移ったことは明白です。講演はちょうど米国のITベンチャー倒産が急増している時期に行われましたが、その後もIT技術は進歩し、真の価値を創造するIT企業の打ち出す画期的なサービスや商品が私たちの生活を一変させました。スマホ、SNS、ネットショッピング、動画配信、リモートワークの無い生活を思い出すことすら難しくなっています。
「アントレプレナーって何でしょうか。結果にすべてをかける人です。結果オーライで構わない、上がってなんぼの世界、それがアントレプレナーの定義です。(中略)アントレプレナーの資質をいかに早く正確にみつけて社内で戦力にしてゆけるか、それが今後の人事インフラ作りの一つのテーマである。(中略)職人ってどういう人をいうのだろうか。プロ性を社会が認めることができる人が職人です。(中略)そういう人が忠誠を尽くすのは会社でも個人でもない、仕事です。(中略)日本文化は職人文化です。こういう文化はアントレプレナーを生む土壌がない。人のフンドシで相撲をとることを嫌う風潮があるからです。」
2023年1月のユニコーン企業数は1,428社。アメリカには713社、中国には246社ありますが、日本企業はわずか13社※です。日本文化がこの結果をもたらしているとすれば、今後日本企業はどのように対処していけばいいのでしょうか。この課題について次のように述べています。
※参考:Crunchbase「The Crunchbase Unicorn Board」
「以上を総合すると大きな構想が生まれる。アメリカにアントレプレナーを出してもらって日本が職人を出す。その二つが連合して世界制覇をめざすとうまくゆく。これは間違いのない未来構想です。」
この予言は、はずれました。既にシリコンバレーには様々な国籍のアントレプレナーがおりますし、ITエンジニアのスキルレベルについてもアメリカのみならず、インド、中国、インドネシア、ベトナムなどのアジア諸国からも遅れをとっています。清水氏の構想が実現していれば日本はもっと多くのユニコーンを輩出していたに違いありません。
第三の予言:IT革命によって新しい人事インフラが生まれる
「まず、労賃という考え方がなくなり、報酬は仕事価値を基準に個別契約で決められる。そして働く時間と場所を自由に選択できるようになる。さらに仕事の仕組みでは、①マネージャーという職種が消滅する、②アントレプレナーと無限に多様なプレーヤーがその都度プロジェクトを組み仕事をする、③いずれにおいて自己責任の論理が貫かれる。」
前半の報酬と働き方については、日本でもジョブ型雇用システムを導入する企業が出始め、裁量労働制とリモートワークも一般的な人事制度となりましたので予言的中といえます。しかし、後半のマネージャーの消滅、都度のプロジェクト制、自己責任の論理は人事インフラとなっていません。
「『できる、できない』よりも『やりたい、やりたくない』の方が先だし、大事だということを憶えておかれるといい。エス・エイチ・エルのように人間のポテンシャルという問題をやっていると人間は実に多様だということがわかる。(中略)そういう立場から申し上げます。人事インフラはできるだけ固定的でない方がよい。その方が現実対応がしやすいし環境適応もしやすい。個人の違いを吸収できます。(中略)やりたいことをやらせてそのレベルを見ながらグレードアップさせていくべきだ。『好きこそものの上手なれ』と『下手の横好き』と二つありますが、好きこそものの上手なれのほうがよい。」
キャリア自律が重要になることについて述べています。企業主導ではなく社員の意思に基づく配置任用と育成を進めるべきであると。社員一人ひとりの心に寄り添った人事制度を作ることが重要というメッセージは予言ではなく、清水氏の願いであったのだと感じました。
おわりに
22年前の当社の社長が思い描いていた人事の未来についてご紹介しました。全ての予言が的中とはいきませんでしたが、これからも私たちは未来を見据えてタレントマネジメントソリューションをご提供し続けてまいります。 2022年、何千人もの産業・組織心理学者が回答した「職場のトレンド トップ10」において、「インクルーシブ(包括的)な職場環境と文化の確保」は第2位となりました(SIOP、2022年)。さらに、多様性と包括性は、2019年にCEOが優先するタレントマネジメントにおいても第1位でした(Gartner, 2019)。グローバルな組織では、多様性、公平性、包括性(DEI)を職場に根付かせるための様々な取り組みが行われています。DEIとは何か、より詳しいDEI戦略に関しては、こちらの記事 でご紹介しています。本コラムはさらに焦点を絞り、アセスメントプロセスにおいてDEI推進のために何をすべきかをお考えの人事ご担当者様に向けて、SHLグループの長年の経験から7つのヒントをご紹介します。

1.職務分析の実施
職務に関連する重要な知識、スキル、能力を測定するために、職務分析を実施しましょう。職務の成功に重要な要件のみに焦点を当てることで、ポテンシャルのある人材を排除するリスクを減らし、すべての候補者に平等に成功のチャンスが与えられる公平な競争の場を作り、多様性と包括性を高めることに繋がります。2.適切な比較対象グループの選択
テスト結果の偏差値を算出する際には、受検者グループのレベルに最も近い比較集団を選ぶことが重要です。受検者グループより成績が良い比較集団を使用すると、必要以上に受検者を選別することになり、合格率のグループ間の差異を拡大してしまう可能性があります。3.カットオフ得点の設定
能力テストのカットオフ得点は、慎重に設定することをお勧めします。あまりに高い点数を設定すると、その後の妥当性検証において、職務で成功するためにその能力が重要であることを証明するのが難しくなります。また、この場合もグループ間の差異を拡大してしまう可能性があります。4.グループ間の差異の監視
合格でも不合格でも受検者全員について、特定のグループがアドバース・インパクト(不利な影響)を受けていないかを確認する必要があります。例えば、性別や年齢、民族性などの面で、少数グループが主要グループよりもアセスメント得点が低い傾向がないかを確認します。5.受検者の準備
アセスメントプロセスがどのように進むかについて、受検者に伝えましょう。アセスメントを受検した経験がないことで不利になる人がいないように、受検者にはできる限り準備をさせることが望ましいです。SHLグループでは、受検者が匿名かつ無料で様々なタイプのテストを体験できる練習用サイトを用意しています。
6.受検者がどのように受け止めたかを確認する
採用プロセスにおけるDEIに対する受検者の反応を測定する有効な方法は、受検者から直接フィードバックをもらうことです。受検者にフィードバックをもらう理由を説明し、匿名性を確保します。また、回答が採否に影響しないことを明確にするために任意とします。確認するとよいポイントは、魅力的であったか、困難な点があったか、不安を感じたか、能力を発揮する機会があったか、公平性、包括性という点ではどうだったか、などです。7.障がいに応じて合理的な調整を行う
合理的な調整とは、障がいを持つ従業員や受検者が不利にならないように行うべき変更のことです。SHLグループのツールやソリューションでは、実施可能な調整についてのガイダンスを提供しています。しかし、その受検者の不利益を軽減するために必要な要件を特定するのはクライアント自身が行う必要があります。受検者の障がいについて、またそれがアセスメントの結果にどのように影響するか、どのように調整をするのが最善かについて知るには、受検者自身に尋ねるのが一番です。それぞれの受検者は、障がいの性質や度合いに応じて、個別に調整をうけるべきです。以上、7つのヒントをご紹介しましたが、特に1から3については、勘や経験によらない客観的なタレントアセスメントに取り組まれている組織にとっては、特に新しい観点ではないかもしれません。まずは、アセスメントツールを用いた客観的なアプローチをとることから、DEI推進に取り組まれてはいかがでしょうか。
また、アセスメントソリューションを選ぶ際には、より公平で多様な人材を受け入れることができるように、障がいのある受検者がアクセス可能かどうか、アセスメントの内容が障がいのある受検者にとって、また、文化的な面で包括的であるかどうかを、ご検討ください。 人材版伊藤リポートがきっかけとなって人的資本という言葉がよく使われるようになりました。この言葉自体は新しいものではなく、人事分野では1990年代から使われていました。かつて人事管理はPersonnel Managementと言われ、その後Human Resource Management(人的資源管理)と言われるようになり、次いでHuman Capital Management(人的資本管理)が使われるようになりました。日本ではHuman Resourceを「人材」、Human Capitalを「人財」と分けて使われる場合もあります。そして、最も新しく使われている言葉はTalent Management(タレントマネジメント)です。この言葉は人を才能と捉えている点が特徴です。日本では人事管理そのものではなく、特別な人事施策をタレントマネジメントと称する企業がありますが、これらの4つの言葉は全て企業における人事管理を表す言葉であり、人材観の変化を反映したものと考えることができます。
さて、本コラムは人的資本経営を実現するために不可欠な人材ポートフォリオをテーマとします。
経営・事業戦略にそった組織・人材戦略
人材ポートフォリオとは、組織・人材戦略に基づいた人材の地図のことです。具体的には、どこに(階層、部門、部署、地域等)、どんな人が(評価、スキル、経験、コンピテンシー、職務経験、意欲、エンゲージメント等)、どれだけ(人数、割合)いるかを示したものです。どこに、誰が、何人いるかを示すだけなら、組織図に組織ごとの人数と構成員の名前を書けばよいのですが、これでは人材ポートフォリオにはなりません。組織・人材戦略に照らして、必要な人材がどこにどれだけいるのかを把握する必要があるのです。例えば、デジタルビジネスへの事業転換を進めているメーカーが、A:デジタルビジネスを立案し牽引する人材、B:先端技術でデジタルサービスを作る人材、C:デジタルサービスを運用管理する人材、が必要と判断した場合、これら3つに該当する人材がそれぞれどの部署に何人いるかを可視化するものが人材ポートフォリオとなります。
人材ポートフォリオは、組織・人材戦略がなければ作ることができません。もちろん、組織・人材戦略を持たない企業は存在しませんが、それを明文化し、共通認識としている会社は決して多くありません。自社の組織・人材戦略を確認することが人材ポートフォリオ作成の第一歩となります。
求める人材の定義
組織・人材戦略を確認した後に行うことは、求める人材の定義です。どんな人が必要なのかについて定義します。どの程度具体的に表現するかは各企業の組織・人材戦略によって異なります。人材ポートフォリオは、採用、育成、配置の施策に関わりますので、その後の活用を意識して人材定義の抽象度を定めてください。人材情報の収集と分析
現社員が定義した人材にあてはまるかどうかを判断するための人材情報を収集します。人材情報は大まかに実績、コンピテンシー、ポテンシャルの3つに分類できます。それぞれについて説明します。
・実績
実績は過去の成果や功績のことです。具体的には職務経験(事業創造、海外、重点部署、マネジメント等)、業績評価、表彰歴、異動歴、保有資格、研修受講歴、研究歴、学歴、活動歴などです。
・コンピテンシー
ここでのコンピテンシーは厳密なコンピテンシー定義よりも少し緩やかです。コンピテンシーの構成要素を含み、能力、知識、スキルなどを指しています。具体的にはコンピテンシー評価や能力評価、360度評価、スキル評価、経営知識、業界知識、業務知識、社内知識、語学力などです。
・ポテンシャル
潜在的な能力や資質のことです。具体的には、知的能力、パーソナリティ、モチベーション、興味関心、価値観などです。近年ではこれらの情報に加え、健康状態や家族の状況などもキャリア観、仕事観に影響を与える重要な情報となっています。
求める人材とこれら人材情報との関連がはっきりしている場合は、収集した人材情報を集計すれば、そのまま求める人材に該当するかどうかの判断に活用できます。しかし、求める人材と人材情報との関連がはっきりしていない場合は、その関連を明確にする必要があります。
求める人材に該当する社員に共通する要素を見出したり、求める人材に該当する社員とその他の社員との違いを見出したりします。定量化された人材情報を対象にすれば、統計分析によって求める人材と関連する人材情報を明らかにできます。人材情報の分析方法については、コラム アセスメントデータ分析による人材要件定義を参考にしてください。
人材ポートフォリオのアウトプット
最終的にどのような人材ポートフォリオを作成するかについて2つの案をご紹介します。1つ目は、職種を基準とする方法です。重要職種を定義して、その職種を担うことができる人材が何名いるかを数えます。もちろん、職種を担うことができるかどうかの判定は収集した人材情報に基づいて行います。集計の単位は、全社、部門、部署など必要に応じて行います。
(例1:職種別)

2つ目は、人材タイプを基準とする方法です。重要な人材タイプを定義して、そのタイプに該当する人材が何名いるかを数えます。多くの事業を持っており重要職種を定義しづらい企業や環境変化が速く重要職種が変化してしまう企業でこの方法が用いられます。
(例2:人材タイプ別)

人材ポートフォリオの重要性
人材ポートフォリオは現有社員を可視化する上で有用なものです。現在の状況が把握できれば、理想の姿にしていくために、どんな人材をどれだけ増やすべき(減らすべき)かがはっきりします。採用と育成の目標が明確化されるのです。また、流動化する人材をタイムリーに把握し、効果的な人事施策につなげるためにも人材ポートフォリオの重要性はさらに高まっていきます。 昨今、多くの企業が新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延にともなう働き方改革やDX推進といった大きな変革を迎えている状況にあります。これにともない、採用要件を改めて見直そうとする企業が増えています。
今回は、人材要件定義手法の一つである、適性検査データを用いたハイパフォーマー分析について、分析に用いる適性検査データの種類について解説いたします。
予測妥当性と一致妥当性:入社前のデータで分析するか、入社後のデータで分析するか
データ分析についてご相談いただく際、「採用時と入社後の適性検査データはどちらを利用した方が良いのか」といったご質問を多く受けます。当社では、採用時に取得したデータを用いて職務パフォーマンスとの関係性を見出す分析を”予測妥当性分析”、入社後に取得したデータを用いて職務評価との関係性を見出す分析を”一致妥当性分析”と呼んでおります。両方の分析を行った上で採用要件を定めるべきですが、実際の分析は様々な制約の中で行うことが多く、分析の目的やデータ属性によるメリット・デメリットを踏まえて、どのデータを用いるのが望ましいかを判断します。

採用時(入社前)に取得したデータを用いて分析するメリット・デメリット
採用時に取得したデータを用いて将来(数年後)のパフォーマンスとの関連を分析するメリットは、採用基準や採用プロセスの実効性を検証でき、そのまま分析結果を採用プロセスに反映できることです。実際の採用プロセスでは入社前の適性検査の結果を検討して合否を決定するため、その意味で合理性の高い分析といえます。一方デメリットは、見出された結果を社内の能力開発基準やコンピテンシーとして適用しづらいことです。入社前の自己認識は入社後の自己認識とは異なるケースも多く、特に新卒入社者の場合、初めての就労を経て大きく自己認識が変容する方も多いため、見出された結果を社内で有効なコンピテンシーとしてそのまま受け止めることは危険です。
入社後に取得したデータを用いて分析するメリット・デメリット
一方、入社後にあらためて取得した適性検査データを用いて分析を行うメリットは、社員の現時点でのパーソナリティと職務パフォーマンス情報をもって分析を実施するため、比較的安定した明確な結果を見出しやすく、採用基準だけでなくそのまま能力開発やコンピテンシーの指針として用いることができることです。また、数年のデータ蓄積を待たなくてもすぐに分析を実施することができるため、プロジェクトを短期間で完結させやすいという利点もあります。一方デメリットは、就業中の社員にあらためて適性検査を受検するよう依頼する必要があり、企業によっては社員の理解を得てデータを収集すること自体が高いハードルとなる場合があることです。
おわりに
入社前と入社後、それぞれのデータを用いて分析する場合のメリット・デメリットをお伝えしました。使用するデータや分析手法に悩まれている方は、担当のコンサルタントへお気軽にご相談ください。貴社の目的に合った分析プランをご提案させていただきます。 新卒採用であっても中途採用であっても採用活動を行う際には採用基準として「求める人物像」を定義しておくことが重要です。選考時の評価だけでなく、母集団形成の方法にも影響を与える採用の指針といえます。一方、企業の採用担当者からは、このような声がよく寄せられています。
・「求める人物像」が、いつどうやって作られたものなのか分からない。
・古すぎて今の会社とはマッチしない。
・定義があいまいで、評価者間、また選考プロセス間で、評価がぶれてしまう。
ビジネス環境の急激な変化から、こうした課題は年々増加しており、採用基準見直しのニーズは高まっています。
とはいえ、採用基準の設計は「優先度は高いが、具体的なやり方がわからず、手を付けられない」「現状でも運用できているから、今は直近の業務に手を回したい」といった感覚をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、パーソナリティ検査OPQを活用し、手軽に行える採用基準の見直し方法についてご紹介します。

1.入社時データの分析
採用選考でOPQを利用しているのであれば、そのデータを用いた分析が可能です。パフォーマンスを示すデータ(人事評価や営業成績など)とOPQデータを突き合せることで、職種や階層ごとにパフォーマンスに影響を与えるコンピテンシーを特定できます。高業績者に共通する特徴を明らかにする他、自社内で全体的に高い水準を示すコンピテンシーを確認することで、各職種や階層の職務適性だけでなく、組織風土に対する適性を判断する参考情報としても活用できます。
分析はExcelなどの表計算ソフトを用いる他、当社が提供している無料の分析ツールを使って簡単にOPQデータと評価の関係性を特定することもできます。分析の方法にご不明点がある場合は、ぜひ当社のコンサルタントにお尋ねください。
2.カードソート・ディスカッション
当社が実施する人材要件定義のためのインタビュー手法の一つです。現職者や管理者、人事部などを対象に、4~6名1グループでディスカッションをしていただきます。人材要件定義の対象となる部門の役職者が参加することが望ましいです。9枚のコンピテンシーカードを用いてディスカッションを行います。手順は以下の通りです。
1.9枚のカードにそれぞれ書かれた各コンピテンシーの定義を参照し、業務においてそれぞれどの程度必要かを検討します。
2.9つのうち、「必要ない」と思われるコンピテンシーを3枚捨て、6枚に絞ります。
3.残りの6枚を、「必要不可欠なもの」3枚、「あると望ましいもの」3枚に分けていきます。
このカードソートの過程でディスカッションを行い、判断の根拠を明確にしてゆきます。全員で同じツールを用いてディスカッションを行うことで、人材についての共通認識・共通言語を得やすくなり、堂々巡りや認識のずれを防ぐことができます。当社の専門家がファシリテーターを務めます。
3.アンケート
ボードメンバーや管理職者、現場のハイパフォーマーなどにアンケートを実施することによって、採用要件を定義することも可能です。 コンピテンシーの定義が書かれたアンケートを配布し、業務内容に照らして必要だと思われる順にコンピテンシーの重みづけを行っていただきます。重みづけやその理由を集計し、部署ごとに必要な適性を特定します。
「1.入社時データの分析」は定量手法と呼ばれ、データに基づいてこれまではどんな人材が活躍していたかを特定できます。「2.カードソート・ディスカッション」「3.アンケート」は定性手法と呼ばれ、これからどんな人材が必要になるかを検討できます。定量手法と定性手法を組み合わせることで、客観性と主観性、これまでとこれからの両方の要素を取り入れた採用基準を作ることができます。
現職者だけでなく管理職者の特徴の分析を行ったり、経営層に今後の経営方針も含めたインタビュー(ビジョナリー・インタビュー)を行ったりすることで、より長期的な視点で適切な採用基準を設計することもできます。
採用基準作成ファーストステップとして、本コラムがお役立ていただければ幸いです。 人材要件定義を行う際、適性検査データを使った統計分析を行うことは、当社が提供するソリューションとして一般的な手法です。一定以上の適性検査データが必要ではありますが、客観的に職務に必要なコンピテンシーを定義できます。(参考コラム:アセスメントデータ分析による人材要件定義(前編))
戦力性分析(ハイパフォーマーの特徴を見出すための分析)を行う際、はじめに“ハイパフォーマー集団とその他の集団”を作り、その違いを調べる手法を検討します。この手法でよい結果が得られれば問題ありませんが、結果が出なかったり、合理的な説明が難しい結果となったりすることがあります。理由は様々ですが、“ハイパフォーマーのタイプが複数ある”ケースを疑ってみてください。
本コラムでは活躍者を複数のタイプに分類する人材要件定義についてご紹介いたします。
多様性のある人材要件定義が必要なケース
ハイパフォーマーのタイプが複数あるケースは、頻繁なジョブローテーションを行う会社で起こる場合が多いです。つまり、総合職採用とジェネラリスト育成を行うことが一般的な日本企業では多様なハイパフォーマーを定義する必要があるのです。 ハイパフォーマーのタイプが複数ある場合、 “ハイパフォーマー集団”として1つの集団としてまとめてしまうと、各タイプの特徴が打ち消し合って結果的に有意な分析結果が得られなくなる可能性があります。※イメージ

多様性のある人材要件定義の手順
複数のハイパフォーマータイプを抽出する手法についてご紹介いたします。① 社員をタイプ分けする
社員の適性検査データを分析し、どのようなタイプが存在するか明らかにします。今回はクラスター分析を使ったやり方をご紹介します。
クラスター分析とは類似しているデータを集め、いくつかの集団(クラスター)を作る手法です。似た者集団を作るイメージです。
※樹状図からのタイプ抽出イメージ

例として、4つのタイプが抽出できたとします。

② タイプ別に高評価者とその他社員を比較する
タイプ分けが出来たら、それぞれのタイプごとに評価別グループ間の比較をします。使用すべき評価データは、査定、人事考課点、業績評価点、コンピテンシー評価点などの個人のパフォーマンスを示すデータです。評価データの信頼性が分析結果に影響するため、主観的な要素はできるだけ排除してください。評価の甘辛を補正したり、極端に偏ったデータを対象からは外すなどの調整が必要です。
評価別にタイプの該当率を集計したイメージ図がこちらです。

詳細の説明は割愛いたしますが、上記の集計は同一人物が複数のタイプに属することを可能とした集計です。「改革派インテリ」かつ「熱血型リーダー」であるという人がいるという考え方です。この集計方法では、集計対象となる全員を100%とした場合の全タイプの割合を合算しても100%にはならないことは言うまでもありません。
次に各タイプに該当する人の中で高評価者・その他社員の割合をみていきます。
③ 要件を抽出する
この分析結果から、「改革派インテリ」と「人気者リーダー」は高評価者がその他社員より該当率が高いことがわかりました。頭脳派でクリエイティブなタイプと周りから信頼され頼られるタイプの人は高評価を得やすいのではないかと考えられます。

この結果をどう解釈するかは会社によって異なります。例えば、社員のほとんどが営業パーソンの販売会社の場合、クライアントに対してロジックで説得するタイプと良い関係性を築いてお得意様となってもらうタイプがハイパフォーマーと解釈するかもしれません。また、営業部門と企画部門を頻繁にローテーションする会社の場合、営業部門ではクライアントと良い関係性を築けるタイプが評価され、企画部門ではクリエイティブで論理的思考が評価されると解釈するかもしれません。
おわりに
多様性のある人材要件定義は採用の場面だけでなく、入社後の配置・配属場面でも活用のできる指標になります。経営環境の変化が激しい昨今、人材の多様性を確保することは変化に強い組織を構築することにつながると考えています。 前編では、人材要件定義の際によく用いられるデータ分析手法について解説しました。今回はデータ分析を用いて要件定義を行う際、よくある課題について解説します。
データ分析のよくある課題
高業績者をどのように定義すればよいかわからない前編でもお伝えしたとおり、職務によって「高業績者」の定義は異なります。営業職のように成果が数値化しやすい業務では、業績評価の他、売上数字、新規顧客獲得数、顧客維持率などの情報から、当該職種のパフォーマンスを端的に表す指標を採用すべきです。数字で成果が見えづらい職種は、業績評価を用いるのが一般的です。評価そのものに内在する根本的な課題となりますが、人(上司)による主観的な判断が評価に大きな影響を与えている場合、アセスメントデータとの関連性が見えづらくなる可能性があります。どの評価を用いる場合であっても、単年での成果ではなく、複数年の成果を踏まえて高業績者を定義したほうがよいでしょう。
対象人数が少ない
母集団全員に対して分析が行えない場合、十分なサンプル数を取得することで結果の誤差の幅を縮めることができます。人材要件定義を目的としたデータ分析では、一般的に1グループ100名以上のデータがあると理想的です。難しい場合、最低30名以上の人数を目安にするとよいでしょう。取得できるサンプル数にあわせて、より適切な手法を選択してください。また結果の解釈の際はサンプル数を考慮してください。
相関係数が低い
物理など自然科学分野では、2つの変数間で絶対値が1に近い相関係数を得ることも稀ではありません。しかし、テスト分析などの社会科学分野で扱う変数にはより多くの誤差が含まれます。心理学で相関係数の値を判断する際、おおよその目安は次のとおりです。 相関係数の絶対値が 0 ~0.2 ほとんど相関がない 0.2~0.4 やや相関がある 0.4~0.7 かなり相関がある 0.7~1.0 強い相関がある
採用時のアセスメントデータを用いるべきか?改めて社員に受検してもらうべきか?
採用基準作成のために人材要件定義を行うことが多くあります。すでに採用選考でアセスメントを実施している場合、社員の入社時のアセスメントデータを使うことも多いです。一方で、入社時点(さらに言えば就職活動時点)のアセスメントデータはすでに何年も前のデータであり、それを使用することに抵抗を感じるというご相談を受けることもあります。 ある企業では、現職者が新たに受検したデータとその対象者の入社時のデータをそれぞれ分析しました。その結果、採用時に「ヴァイタリティ」が高く、現在「統率力」が高い集団が高業績者集団であることが分かりました。採用時には「ヴァイタリティ」が高いという自己認識を持ち、現時点で統率力に自信を持つ集団だったわけです。 採用時のデータ分析=入社時点で持っていてほしい能力、現在のデータ分析=現時点で職務に影響を与える能力(言い換えれば発揮できていない人の能力開発ポイント)を明らかにできると考えられます。採用時のデータを用いることで、入社後活躍する「成長の種」を見つけることができ、現在のデータを用いることで「パフォーマンスに必要な能力」が分かるといえます。
おわりに
当社ではユーザー向けに無料の分析ツールを公開しており、お手元のアセスメントデータを身近に分析できる環境を提供しています。データ分析は数値で統計的な結果が出るため、一見分かりやすく感じますが、必ず結果の解釈が必要です。分析手法や手順だけでなく、結果の解釈についても多くの経験と知見を持つ当社コンサルタントにぜひご相談ください。 選抜、任用、配置、能力開発などの様々な人事施策において、根本となる適切な基準が必要です。前回のコラムでは、インタビュー手法を用いた基準作成について解説しました。今回はデータ分析を用いた要件定義について取り上げます。前編では、人材要件定義の際によく用いられる分析手法をご紹介します。
人材要件定義とは
前回のコラムのおさらいとなりますが、人事施策に関わる基準作成を人材要件定義、またはコンピテンシーモデリングと呼びます。コンピテンシーとは優れた職務遂行につながる行動群です。各職種、階層に求められるコンピテンシーを整理することで、人事施策における様々な判断を適切かつ合理的に行えます。当社では、人材要件定義を数多く手掛けており、毎年100件を超えるアセスメントデータを用いた基準作成支援を行っています。前回ご紹介したインタビュー手法と比較して、アセスメントによる統計分析は、全社員など大規模な集団を対象に簡便に調査が行える点、数値化や統計分析による客観性がメリットです。
準備するデータ
知的能力やパーソナリティ検査などのアセスメントデータと業務におけるパフォーマンスの関係性を分析することで、職務遂行につながる優れた行動群や必要な能力を定義することができます。よって、この「パフォーマンス」を評価する指標が必要となります。評価指標は、業績評価、営業の売上数字、行動評価など、職務や組織によって異なります。ここで用いる評価指標は分析結果自体の妥当性にも関わるため、その職務を果たすために必要な指標とは何か、それをいかに客観的かつ定量的に測定するか、がとても重要です。言い換えれば、各職務におけるKPIを明確化しておくことが要件定義を行う絶対条件であるといえます。データ分析でよく用いられる手法
要件定義を行う際によく用いられる手法をご紹介します。ここでは詳細の計算方法などは割愛し、あくまでも手法の概念をお伝えします。1. 相関分析
2つの変数間の関係に関する統計です。関係性の強さは相関係数と呼ばれる数値で表されます。相関係数は-1から1の間におさまり、記号がプラスの場合は正相関(一方が高ければ高いほど他方も高い)、マイナスの場合は負相関(一方が高ければ高いほど他方は低い)を意味します。さらに絶対値が大きいほど強い関係があります。アセスメントの各項目と評価指標の関係性を数値で端的に示すことができます。

2. t検定
2つの互いに独立する母集団から抽出したサンプル集団の平均の差から、2つの母集団の平均に統計的に意味のある差があるかを分析します。例えば、母集団=社内すべての高業績群と要努力者群とした場合、サンプル集団=実際にアセスメントデータを持っている一部の高業績群と要努力者群を分析して、有意差のある項目から高業績群の特徴を調査します。相関分析と異なり、集団の平均値が分かるため、特定の能力が「全体的に皆高いが、より高い必要がある」、「全体的に皆低いが、あまり低すぎないほうがパフォーマンスがよい」といった解釈が可能となります。

3.重回帰分析
ある変数(例:予測したい評価指標)を、複数の説明変数の値(アセスメントデータ)の一次式で予測する手法です。重回帰分析で得られた式にアセスメントデータを当てはめることで、当該業務の未経験者でも評価予測が可能になります。予測される評価指標が1つの尺度で表されるため、選抜場面の序列化に向いています。
4.データマイニング
もともとはマーケティングの分野で発達した手法で、大量に集積されたデータを採掘(マイニング)して、宝物(情報、知識、仮説など)を見つける手法の総称です。当社では、データマイニングの中で「決定木(Decision Tree)」と呼ばれる手法をアセスメントデータの分析に活用しています。ターゲットとなる集団(例:高業績群)が、その他集団と比較してどのアセスメントの尺度のどの得点域により多く含まれるか、全データの全組み合わせにあたって、帰納的に発見するものです。対象人数が比較的少ない場合でもこの手法を用いることができる点、パフォーマンスに関わるアセスメントの尺度だけでなく、得点域まで示唆することができる点が特徴です。また、場合によっては複数のパターンが抽出されることもあります。

次回後編は、データ分析による人材要件定義のよくある課題について解説します。