コラム 人事コンサルタントの視点

「現場で機能する人材要件」を作るための3つの条件

事業環境の変化が激しさを増すなか、多くの企業が人材の採用・登用基準のアップデートに取り組んでいます。事業戦略の転換や現場ニーズの変化を受け、「自社に必要な人材とは何か」を捉え直し、データ分析や現場・経営層へのヒアリングを通じて人材要件の再定義を進めている人事担当者や役員の方も多いのではないでしょうか。
しかし、取り組みを進めるなかで「情報や声は集まったものの、具体的な人材要件に落とし込む基準が分からない」「要件を定めたはずなのに、評価者によって判断にずれが生じてしまう」といった問題に直面するケースは少なくありません。集めた情報を統合し、現場で真に機能する人材要件を作り上げるには、情報収集から要件定義に至るまで、いくつかの押さえるべきポイントがあります。本稿では、収集したデータや社内の声を、選考・登用の場で機能する「生きた人材要件」に昇華させるアプローチと、陥りやすい落とし穴について解説します。

人材要件の重要性 〜人事戦略の「軸」をより強固にする〜

人材要件とは、自社の経営・事業戦略の達成に必要な人材の「能力」「資質」「経験」「コンピテンシー(行動特性)」を言語化したものです。多くの企業において人材要件自体は既に存在しますが、これをよりMECEに(漏れなく、ダブりなく)整え、時代に合わせてブラッシュアップすることで、組織には次のようなメリットが生まれます。

1. 評価・選考の精度が向上する

要件の重複や曖昧さを排除することで、面接官や上司による評価のばらつきを抑えられます。要件を満たす人材を見極める精度が向上するほか、被評価者(候補者・社員)に対する評価の客観性と納得感も高まります。

2.「未来の事業に必要な人材」を意図的に獲得・登用できる

これまでの活躍人材だけではなく、今後の事業戦略に必要な要素を組み込むことで、環境変化や新規事業の推進に対応できる人材を意図的に採用・抜擢できるようになります。

3. 採用・育成・評価・登用の各施策の一貫性が高まる

施策ごとにバラバラになりがちな基準が1つの軸で統一されるため、「どのような人材を採用し、どう育成してどのポストに登用するか」という一連の人事施策に一貫性が生まれます。

人材要件の重要性 〜人事戦略の「軸」をより強固にする〜

人材要件の作り方 〜定量・定性の両側面からのアプローチ〜

実効性と納得感を兼ね備えた人材要件を作るには、その「素材」となる情報を適切に集めることが出発点になります。ここで鍵となるのが、「定量アプローチ(データ分析)」と「定性アプローチ(ヒアリング)」を組み合わせる視点です。

① 定量アプローチ:適性検査と職務パフォーマンスの関係性分析

社内の「高業績者群」と「苦戦者群」双方の適性検査データを統計的に比較分析し、成果創出に関係する要素(因子)を洗い出します。これにより、たとえば「活躍人材には”コミュニケーション力が高くて活動的”というイメージがあったが、データを分析したところ、成果との相関が最も高かったのは“自ら仮説を立てて解決策を導く論理的な思考力”だった」といった、主観によらない事実情報を得ることができます。

② 定性アプローチ:経営層・管理職・高業績者へのインタビュー

データ分析だけでは見えてこない「将来必要になる要素」や「現場の課題に即した具体的な行動特性・資質」を関係者へのインタビューで収集します。

  • 経営層へのインタビュー :3〜5年先を見据えた経営課題や目指す組織像をヒアリングし、「今後の事業成長に必要な人材像」を明らかにします。
  • 管理職へのインタビュー:現場で多くの部下をマネジメントしている経験をもとに、「成果を上げている部下と苦戦している部下の違い」を掘り下げ、成功している人材に共通する要素を特定します。
  • 高業績者へのインタビュー: 具体的な職務場面での思考プロセスや実際の行動、役に立った知識・経験などのエピソードを深掘りし、プレーヤー目線での必要要素を抽出します。

このように、定量・定性の双方から多角的に情報を集めることが、組織にとって実効性と納得感のある人材要件づくりの第一歩となります。

人材要件に必要な「3つの条件」

集めた豊富な情報を、選考や登用の現場で機能する人材要件へと昇華させるには、以下の3つの条件を満たす形で情報を整理・統合する必要があります。

条件1:客観的に「測定可能」であること

内面的な素養や抽象的な概念では、選考や評価の場で客観的に測定できません。たとえば、単に「挑戦心がある」とするのではなく、「挑戦心:前例のない課題に自ら進んで取り組み、逆境に直面しても粘り強く問題に向き合う」のように、行動や過去の経験から測定できる内容に落とし込む必要があります。

条件2:他の要件と「重複していない」こと

要件同士の意味合いが重複していると、評価者を混乱させることになります。たとえば、「挑戦心」とは別に「行動力:率先して業務改善に取り組み、目標を達成するまであきらめない」という似通った内容の要件があると、評価者は正しく区別できません。各々の要件は、互いに独立した概念になるように整理することが重要です。

条件3:判別指標の「プラス・マイナスが同数」であること

見極めの精度を高めるため、各要件には「望ましい行動(+指標)」と対になる「避けるべき行動(-指標)」を同数ずつ設定します。ネガティブな指標を明確にすることで、「要件から明らかに外れる人材」を見極めることができます。このとき+・-の指標数に偏りがあると、被評価者全体で特定の要件のスコアが極端に高くなったり低くなったりする「評価の歪み」が生じやすくなります。

【人材要件の望ましい整理例】

挑戦心:前例のない課題に自ら進んで取り組み、逆境に直面しても粘り強く問題に向き合う
判別指標(+) 判別指標(-)
前例のない課題に率先して取り組む 未知・未経験の課題に取り組もうとしない
逆境でも前向きな姿勢を維持する 逆境に直面すると悲観的になる
問題を解決するまであきらめない 問題を避けようとする、途中であきらめる

人材要件に必要な「3つの条件」

人材要件定義で陥りがちな「5つの失敗パターン」

集めた情報を人材要件として統合する際、起こりやすい失敗を5つ紹介します。

失敗1:1つの要件に多くの要素を詰め込みすぎている

「コミュニケーション能力」という1つの要件の中に、「傾聴」「プレゼンテーション」「交渉」「共感」「ネットワーキング」などの多くの要素を詰め込んでしまうケースです。要素が多すぎると評価の視点がぼやけ、結果として主観評価になってしまいます。この場合は、複数の要件に分解する必要があります。

失敗2:類似した「狭義の要件」が乱立している

「進捗管理」「締切の遵守」「タスクの優先順位付け」など、本来は「計画・段取り」という上位概念に統合できるような狭い範囲の要件が、それぞれ独立して存在しているケースです。評価プロセスの複雑化や、現場での運用負荷を高める原因になるため、類似した要件は1つに統合できないか検討してみるとよいでしょう。

失敗3:要件が特定の領域に偏っている

「分析」「戦略立案」といった思考面の要件が大部分を占め、「関係構築」「影響力」などの対人面の要件が極端に少ないケースです。求められる能力は職務に応じて異なりますが、特定の領域に偏りすぎていないか、全体的なバランスを確認してみてください。

失敗4:要件や判別指標が多すぎる

現場や経営層の要望を全て網羅した結果、要件が10~20個に膨れ上がり、「何でもできる完璧な人材」の要件になってしまうケースです。採用・登用のハードルが極端に上がるだけでなく、評価項目が多すぎて現場での運用も形骸化します。要件は「Must(必須)」と「Want(歓迎)」に分け、1職務あたり6~8項目程度、判別指標も1要件につき3~5項目程度に絞ることが大切です。

失敗5:未来の経営戦略・ビジョンが反映されていない

現在の高業績者のみをモデルに要件を作成すると、「既存の事業には適しているが、事業モデルや市場の変化に対応できない人材要件」になってしまいます。経営層へのインタビューなどを通じ、今後目指すべき事業ポートフォリオや組織文化を見据えた「未来の要件」を意図的に組み込むことが欠かせません。

まとめ 〜人材要件は常に変化する〜

人材要件の定義には、適性検査などの「定量データ」と、インタビューによる「定性情報」の両方が重要な意味を持ちます。そして、集めた情報を「測定可能」「重複しない」「+-同数の判別指標」という条件の下、陥りがちな失敗パターンを意識しながら整理・統合することで、組織の現在と未来を反映した実効性の高い人材要件が完成します。
しかし、人材要件は一度完成させたら終わりではありません。テクノロジーの進化、労働市場の変化、事業段階の移行に伴い、求められる人材像も刻々と変化します。人材要件を固定的な基準と捉えず、事業戦略と連動させて定期的に見直し、アップデートを重ねていくことが、組織の持続的な成長を支える基盤になります。まずは、自社の人材要件を振り返り、「5つの失敗パターン」に当てはまっていないかチェックするところから始めてみてください。

清野 剛史

このコラムの担当者

清野 剛史

日本エス・エイチ・エル株式会社 アセッサーグループ 課長

HR業界で20年のキャリアを持ち、1,000社以上の採用改革やタレントマネジメントを支援。現在はアセスメント専門部署の課長として、面接やグループ討議等のヒューマンアセスメント技術の体系化とアセッサー・講師育成を統括する。科学的根拠に基づいた多角評価技術の普及を牽引し、2023年には産業・組織心理学会で「効果的な能力開発面談」に関する論文を発表。国家資格キャリアコンサルタント。

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